月の光

フォーレの最も代表的な歌曲の一つに、「月の光(Clair de lune)」がある。非常に美しいメヌエットである。
しばしば「変ロ短調」と書かれるが、ドリア旋法である。中間部は「変ト長調」と書かれるが、リディア旋法である。
このように、教会旋法が用いられているところが、この歌曲の最も魅力的な部分の一つである。
ところで、今日は満月だ。満月の明るさは、0.2ルクスだそうだ。
晴天の日の昼間の太陽が10万ルクスなので、およそ50万分の1の明るさしかない。
15日後の3月19日は新月だが、新月の星空の明るさは、0.0003ルクスしかないそうだ。
明るさがこれだけ違うので、光っている様子を表すことばも異なる。
まず、星。
「きらきら星」という童謡があり、童謡「たなばたさま」にも「お星様きらきら」という一節が現れる。
この通り、星が瞬く様子、星空が輝く様子は、「きらきら」と表すことが多い。
古くは「煌煌し(きらきらし、きらぎらし)」という形容詞が使われていた。夜空に星座が「煌めく(きらめく)」の「煌」の字が使われている。
次に、太陽。
「太陽が燦々(さんさん)と輝く」という。「燦」という字には、「鮮やかに光り輝く」という意味がある。
「燦然」とすると、「球史に燦然と輝く記録」のように、「名誉があり、立派に見える様子」を表すために用いられる。
「燦々」と重ねると、太陽が光り輝く様子に用いられるようだ。
「燦々と降り注ぐ光を浴びる」の「光」は、「太陽の光」だということがわかる。
また、「ぎらぎらと照りつける太陽」とすると、目がやられそうな感じがするし、
「じりじりと照りつける太陽」とすると、肌がやられそうな感じがする。
そして、月。
月が光る様子には、「皓々(こうこう)」「皎皎(こうこう)」という言葉を用いる。
辞書を引くと、「白く光り輝くさま。白く明るいさま。月の光などの明るいさま。」とある。
「皓々と光る」「皓々たる月夜」「満月が皓々と冴え渡る」のように用いる。
このように、空が表情を変えていくのと同時に、それを表すことばも変わっていくことがわかる。
ところで、「きらきら」「ぎらぎら」以外にも、光る様子を表す擬態語がある。
「ハザードランプが『ちかちか』と点滅している」「電球が『ぴかぴか』と点滅している」「整髪料で髪を『てかてか』光らせる」など・・・。
比べてみると、「きらきら」は美しく光る様子や、瞬くように光る様子を表し、
「ぎらぎら」は強すぎる光や、きつい感じの光の様子を表し、
「てかてか」は光沢をを放つ様子や、安っぽく光っている様子を表すなど、
光る様子を表す擬態語にもいろいろあることがわかる。
これらの擬態語を、いろいろ変化させてみると・・・。
末尾に「っ」を付けると、より強調される。「きらきらっ」とするとより一層輝いて見える様子になり、「ぎらぎらっ」とすると、より一層、光がきつい様子になる。
繰り返さずに末尾に「っ」を付けると、一瞬だけ光る様子になる。流れ星は「きらっ」、眼光は「ぎらっ」、稲光は「ぴかっ」と光る。
「っ」の代わりに「り」を付けて、「きらり」「ぎらり」などしても同じだ。
繰り返さずに「つく」を付けて、「水面にきらつく光」「汗をかいて顔がぎらつく」などのように、動詞にすることもできる。
また、「きらきら」は、光を感じる様子以外にも使われる。
「若さにきらきらと輝いている」「きらっと光る演技」「きらりと白い歯がこぼれる」など・・・
また、「瞳の奥にきらりと光るものが〜」という比喩表現もある。
余談だが、「煌めく」は「きらめく」と読み、「光一」は「ぴかいち」と読む(ちゃんと国語辞典に載っている)。
「煌々」「光々」と書いて、「きらきら」「ぴかぴか」と読めなくもないな。