木の上には

東京都でも桜が咲いた。
しばらくすると、桜の果実(さくらんぼ)が実る。
「果実」の「果」という字、見ての通り「木」の上に「田」だ。不思議だ。
ミカン(蜜柑)やリンゴ(林檎)など、木に生る(なる)果物は多いが、普通は田んぼではつくらない。
イチゴ(苺)やスイカ(西瓜)、メロン(甜瓜)などもそうだ。
それぞれの果物に「畑」を付けて、「ミカン畑」「イチゴ畑」という言葉ができるが、
「ミカン田」「イチゴ田」とはいわない。
なのに、どうして田んぼの「田」の下に「木」で、「果実」の果になるんだろう?
確かに、「会意文字」(意味のある漢字を合わせて新たな漢字を作る、田んぼで力を出す「男」のたぐい)で考えるとおかしいが、
「果」は、「象形文字」(物の形を象って字形とする、水の流れる様子から「川」のたぐい)なのだ。
では「果」は、どういう象形なのだろうか?
これは、木の上に丸い実が生っている様子を表している。
「田」の部分は「たんぼ」ではなく、「木の上に生っている果物」を表していたのだ。
ところで、「木」を使う会意文字として、「杲」(コウ、あきらか)という字がある。
木の上に太陽がある様子を表す会意文字で、
「杲杲(コウコウ)」とすると、太陽の光が明るく満ちあふれる様子を表す。
この字の「日」を「木」の下に持って行くと、
「杳」(ヨウ、くらい)という字になる。
こちらは、木の下に日があり、暗く、かすかでよく見えない様子を表す会意文字である。
「杳杳(ヨウヨウ)」とすると、仄暗くぼんやりとした様子や、遙かに遠い様子を表す。
「杏」(キョウ、あんず)という字がある。
この字も会意文字で、「口」で食べてみて美味しい実のなる木を表している。
ちなみに「杏仁豆腐」は正しくは「キョウニンドウフ」と読む。
「杏仁」(キョウニン)とはあんずの種子を乾かしたもので、薬として用いる。また、「杏林」(キョウリン)は医者の美称である。
この字の「口」を「木」の上に持って行くと、
「呆」(ホウ、あきれる)という字になる。
赤ん坊とおむつを表す会意文字で、赤ん坊のようにぼけっとしている様子を表している。
また、「口」を「木」の真ん中に持って行くと、
「束」という字になる。
たき木を紐でたばねることを示す会意文字である。
「木」を「口(くにがまえ)」で囲むと、
「困」という字になる。
これは、木を囲いの中に押し込んで動きがとれないようにする様子を示す会意文字である。
この「困」にさらに「木」を付けると、
「梱」という字になる。
出入りを抑える仕切りの木を表している会意+形声文字で、「梱包」「開梱」に用いる。
ちなみに・・・
1本のメロンの木から、1玉(数え方に注目)の果実しか収穫しないことが多いらしい。
成長過程で果実を間引いて、最も良い果実を残すからだ。
なので「杏」という字は、メロンにも使ってもいいかもしれない。